『ヤドネコ。』×『星の道標』コラボレーション企画
『星の道標の猫』
班地 殴(パンチ なぐる)・著
『THE STAR』 17.4話 冒険者の宿で・吾輩編 ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・
吾輩は猫である。名前はまだない。
『星の道標』の娘さんに拾われてからというもの、ずっとここで過ごしている。
ここでの生活は気に入っている。毎日平和に暮らせるだけでなく、退屈しない。
それというのも、ここの住人は実にからかいがいがあるからである。
1
この頃フィリオン君は一人でよく朝早くに出かけていく。この時間は、吾輩は彼を見送るマリス君とよく遊ぶ。
それというのも、フィリオン出かける→マリス見送る というふうに、行動パターンが予想しやすいからである。
吾輩はまずマリス君の足元あたりまで近寄って鳴く。すりよったりしないのがポイントである。するとマリス君は撫でようとしてくるので、すかさず身をかわす。マリス君は追ってくる。吾輩はそれをかわし続ける。そのうちマリス君は諦めて吾輩から離れようとするので、そうなったらまた近寄って鳴く。するとマリス君はまた撫でようとする。吾輩はまた避ける。こんな感じで、近づく→避ける 近づく→避けるを繰り返して遊ぶのである。
ただマリス君は大人しそうな顔に似合わずガッツがあるので、そのうちどこまでも追いかけてくるようになる。こうなればこちらも本気で逃げるしかなくなるのである。
そのうちに腹が減ってくる。吾輩は狭い道を利用したり高い所に登ったりしてマリス君をかわし、宿の厨房へと向かうことにする。
食事は娘さんが用意してくれるのだが、猫たるもの、ただ出されるのを待っていては面白くない。
なるべく気づかれないうちに、素早く奪い取るのが猫としてのたしなみである。
2
さて、厨房に入ると誰もいなかった。
吾輩はさっそく物色を開始した。大体、誰も使っていない厨房は片付けられているものだから、大して期待はできないかもしれぬ。
調理台の上で誰かが寝ていた。
それは吾輩と大して変わらない大きさであった。人間にも似たフォルムだったが、ひとことで言えば手足と顔のついた大根である。
音もなく近づいた吾輩だったが、それは目を覚ました。
それは短い手足をばたつかせながら奇声をあげた。吾輩はとっさに後ろに飛び退く。
十分に距離をとってから、そっと近づいた。
相手は相変わらず手足をばたつかせているので、前足でつついてみることにした。
目にも止まらぬ肉球の一撃、すかさず後ろに退いて身構える。
それは吾輩の一撃に叫び声をあげたが、別段立ち上がって襲いかかってくる様子もなかった。
そんなことをしているうちに、誰かが厨房に入ってきた。
リック君だった。
彼は冒険者にしては珍しく奉仕をするほうである。ほかの冒険者は働かぬ。宿でだらだらしては時々長いこと出かけ、また帰ってくる。元来人間というものは猫のために住処や食べ物を用意する奉仕種族であるのだが、冒険者はこれに当てはまらぬ。しかしこのリック君は多少は働く。といっても人間のために食事を用意する程度で、吾輩にはなにもつくってはくれぬ。奉仕種族として奉仕する対象を間違っている、残念な人間である。
リック君は「まんどらご…」と呟きながら、人型奇声大根をくず箱に捨てた。若干ため息もついていた気がしなくもない。
捨てられたまんどらご君に哀悼を心中で持ちながら、吾輩は大急ぎで物陰に隠れた。息を潜めてリック君の様子をうかがう。
リック君はいまだ水滴の付いたみずみずしい果物をまな板の上に並べ、慣れた手つきで皮を剥いていく。皮を剥いた林檎を藤細工のざるに入れた。
ここで吾輩の脳裏に、果物を奪い取ってやろうという考えが浮かんだ。吾輩は果物はさほど好きという訳ではないが、奪い取るという行為自体がスリリングなのであって、食べられるなら何でもいいのである。さらに言えば、リック君の邪魔をしたい。
林檎の一つに目標を定めた。鼻歌を歌いつつ皮むきを続けるリック君の死角から忍び寄り、一気に距離を詰める。ざるに跳びつく。だが、我輩の爪は空を掴んだ。
振り向くと、ざるは先ほどまであった場所から移動していた。リック君を見れば、相変わらず皮むきを続けている。しかし、一見するとわからないが、よくみるとこちらを見て目を細めている。読まれていたというのか。そんなはずはない。
すでにこちらの姿はリック君に見つかっているが、吾輩は構わず二度目の攻撃に出た。リック君は林檎の皮を剥く手を止めずに、そのままひじを当ててざるを動かした。吾輩の両肉球は空を掴む。その間にも、皮を剥かれた林檎はざるに入れられていく。
吾輩の行動パターンが、完全に読まれていた。
思えば腕を上げたものだ。吾輩は幾度となく、リック君がここで料理するのを邪魔してきたものだった。果物をかっさらったり、小麦粉の入ったボウルをひっくり返したり…だが、いつの間にかリック君はその対処法を覚えるようになり、今や付け入る隙がない。娘さんは最初から隙がなかったが、リック君も徐々にその域に近づきつつあるようだ。
リック君の自己研鑽の念に敬意を評し、吾輩は一旦引き下がることにした。
少し離れたところに鍋があるのを見つけた吾輩は、その中へと入った。
この鍋というものはじつに寝心地のいい寝具である。中はひんやりと心地よく、丸い形は丸まった吾輩の体にちょうどよくフィットする。マリス君やリック君と遊んで少し疲れたので、ここでしばらく昼寝をすることにした。
…まどろみ始めたころ、吾輩は首根っこをつかまれて持ち上げられた。またもやリック君だった。
彼は吾輩を放り出して、水差しから鍋に水を注ぎ、鍋を元の場所に戻した。鍋の下には空洞になっている部分があり、木片が並べられている。リック君はしゃがんで、何かしたと思ったら木片に火がついた。その火で、鍋に張った水を温めている。
人間はどうして鍋を火にかけるのだろう。寝具の使い方として間違っている。ともかく、寝床を奪われたので、吾輩は厨房を後にした。
3
すこしずつ日が昇り始めた。
ラウンジに行くと、暖かな日の光が窓から差し込んでいた。その光の当たっている席で、サラ君が机に突っ伏して本を読んでいた。
かなり熱中しているらしく、こちらが近づいても気が付かない。奉仕種族たる人間が猫に挨拶しないなどもってのほかである。が、この『気づかれていない』という状況は嫌いではない。そこで、吾輩はもっと近づいて驚かせてやろうという考えが浮かんだ。
サラ君の座っている椅子の下に潜り込んでみる。物音一つしない。それほどまでに本に熱中しているというのか。
吾輩はなにゆえ人間がそれほど本に集中するのか理解できぬ。動きもしない文字などを眺めて何が楽しいのか。だが、本が何であるかは理解している。
寝床である。
特に日向に置かれて開いている本の上で寝るのは、格別である。
今サラ君の読んでいる本がまさにそれだった。
奉仕種族たる人間に遠慮する必要などない。
吾輩は堂々と机の上に飛び上がり、サラ君の読んでいる本の上に歩みを進め、悠々と丸まった。
狼狽したサラ君の声が聞こえるが、気にしない。
日光がじつに心地よい。本の寝心地もなかなかだ。
さて、しばらくすると、静かな寝息が聞こえ始めた。
仕方がないから自分も寝たというのか。
吾輩より寝つきがいい…。
こうしてしばらく一緒に昼寝をした。
4
吾輩が目を覚ますと、いつの間にかサラ君の膝の上にいた。時折吾輩の背中を撫でる彼女の手が心地よい。
ラウンジが少し賑やかだ。人間達が昼食をとる時間になっていた。吾輩とサラ君の近くには、セアル君とハーロ君の姿もあった。
セアル君がなにやら歌のようなものを口ずさんでいる。
白銀に染まる荒野
雪原に熱き想いが燃える
見よ 一人の男がゆく
彼の名は テンハーロ
雪原を駆け抜ける猛き狼を
百の相手が 迎え撃つ
敵の数に ひるみもせず
駆け抜けるテンハーロ
ああ その右手から放たれる
雪玉の 強きことよ!
テンハーロはゆく テンハーロはゆく
無数の敵を討ち取って
待ち構えるは 雪の森の王…
「ちょっと待て!」
「どうしましたハーロ?」
「お前よく聞いてたらそれ雪合戦じゃないか!」
「おや、今さら気がつきましたか」
「馬鹿にすんじゃねー! それじゃオレ、ただの雪合戦バカじゃねーか!」
「おやおや、実際この間雪合戦で大いに盛り上がっていたではありませんか」
「わざわざ歌にするな恥ずかしい! それに百人もいなかったぞ!」
「はっはっは 多少の偽りはエンターテイメントですよ」
どうやらセアル君がハーロ君のために詩を作るという建て前でまた馬鹿にしているらしい。もはや見慣れた光景なのだが、ちゃんと聞くあたりハーロ君もお人好しである。
「懲りないね、二人とも」
二人のやり取りを見て、サラ君が笑って言った。そして、膝の上の吾輩を撫でた。
セアル君は『星の道標』の冒険者の中で、吾輩の扱い方がもっともうまい。だからなのか、ハーロ君の扱い方もたいそううまい。きっと、「ハーロ君はどこをなでたら一番喜ぶか」まで把握しているに違いない。
ハーロ君は何処か吾輩に通じる所がある。というのも、彼は他の人間から可愛いがられたり、撫でられたりしているからである。冒険者とは普段働かず気が向いたら何処かに行ってしまうなど猫に近いものであるが、その中でもハーロ君は、もっとも猫に近いと言えるだろう。
などと思っているとセアル君が吾輩のほうをちょっと見た。
「では、こんなのはいかがです?」
そう言って、また歌い出した。
おさかなくわえたドラネコ
おっかけて
裸足で 駆けてく
愉快なハーロ君
「追っかけてねぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!」
ハーロ君がセアル君を殴り飛ばした。
それにしても吾輩を歌に登場させるなら、もっと格好良く歌ってほしいものである。
5
サラ君の膝の上から飛び出して、外へと出てみた。
ゆっくり寝たら外を出歩いてみたくなったのだ。
表通りから『星の道標』へ通じる道を歩いていると、フィリオン君を見つけた。
提げているバケツには、三匹の魚が泳いでいる。
昨日は二匹だった。三匹もいるのを見るのははじめてである。
フィリオン君は釣りが好きらしい。
宿にいるときは近所にある池に足げく通っている。
そうして夕方まで釣りをしているのである。
普段掲示板を穴が開くかと思われるほどに見ている彼のことだ。
釣りの腕前も上がってきているのであろう。
そして吾輩は彼の釣ってきた魚を狙うのである。
建物の上から、獲物を狙う猫の目で狙いを定める。
バケツに入っているものをかっさらうのは難しい。
だが、生きのいい魚を得られる機会だ。見逃す手はない。
背後から音もなく近寄って奇襲、やはりこれしかない。
吾輩はフィリオン君の背後へと周り、少しずつ距離を詰めていった。
猫の足はあれども無きがごとし、どこを歩いても不器用な音のした試しがない。空を踏むがごとく、雲を行くがごとく、水中に磬(けい)を打つがごとく、洞裏(とうり)に瑟(しつ)を鼓(こ)するがごとく、醍醐(だいご)の妙味を甞(な)めて言詮(ごんせん)のほかに冷暖(れいだん)を自知(じち)するがごとし。と自分でもほとんど意味の解らない言葉を心中でつぶやきながら、フィリオン君へ距離を詰める。
高鳴る鼓動。
人間の剣術でいうところの一足一刀の間合いまで近づくことができた。
ここからが勝負だ。
フィリオン君相手に余裕は見せられない。
はじめから本気で行く所存だ。
地面を蹴り、駆け出す!
吾輩流戦闘術究極奥義 吾輩天翔!!! 突進の途中でフィリオン君がこちらを向き立ち止まった。だが、遅い。
吾輩はそのままバケツに前足をかけ顔を突っ込む。魚をくわえる。体全体を震わせてバケツから抜け出す。
一瞬の出来事。吾輩は、一匹の魚を奪い取った。
殺気を感じた。
振り向くと、そこには凄まじい形相でこちらを睨みつけるマリス君がいた。
吾輩はすぐさま離脱することにした。マリス君は「ぬすっとう!」と高く叫びながら追いかけてくる。これは遊びではない。マリス君は本気だ。オーラでわかる。吾輩とマリス君、互いのメンツをかけた闘いだ。
吾輩は昼間のセアル君の歌を思い出した。
おさかなくわえたドラネコ
おっかけて
裸足で 駆けてく
愉快なハーロ君
もっともおっかけているのはハーロ君ではなくマリス君だが。
大通りを駆け抜け、広場を横切る。マリス君の執拗な追撃は果てしなく続いた。ぬすっとうの声も幾度となく轟いた。このままでは千日戦争(サウザント・ウォーズ)に突入してしまうのでは、と思われた頃、突如としてマリス君の追撃が止んだ。
裏路地から表通りに飛び出したところで、盛大な音を立てて転んだのだった。
吾輩は物陰に隠れ様子をうかがう。
マリス君は体を起こそうとするが、立ち上がれない。よく見ると、膝から血が出ていた。
いつのまに着いて来ていたのだろう。
マリス君の背後から、フィリオン君が現れた。
フィリオン君はマリス君のそばにかがみこみ、心配そうに怪我の具合を見る。
「フィリオン様!」
「マリス、無事か?」
「平気です、このくらい…痛ッ!」
「無理をするな。なぜ魚なんかで…」
「だ…だって…
せっかく、フィリオン様が釣ってきていただいたのに…」
「… ふっ」
「! …ど、どうして、笑うんですか…!」
「立てるか?」
「もう、ちゃんと答えてください!」
なかなかいい雰囲気だ。
それはそれとして魚はおいしく頂いた。
6
無数のゴブリンが津波のようにこちらに押し寄せてきていた。
不毛の荒野が、奴らの緑色の肌で埋め尽くされている。
サラ君は凛々しい表情でそれを睨み、それから吾輩を見た。
「頼んだわよ、わたしの勇者様」
吾輩は頷き、勇猛果敢にゴブリンの群れの前に立つ。
「吾輩は猫である。名前はまだない!」
高らかに名乗りをあげる。
名前はまだないから名乗りようがなかろうというなら、ノリをあげるとでも言っておこうか。
吾輩は矢のように突進した。
襲い来るゴブリンの群れをかいくぐりつつ、奴らの肉体を爪で引き裂いていく。
獰猛な牙に血を吸わせる。
吾輩とすれ違うたびにゴブリンどもの耳障りな断末魔が響き、
生暖かい血が、毛皮を汚した。
「寝ちゃったのね…」
そんな声が聞こえ、柔らかな手が吾輩の背中を撫でた。
夢か。
マリス君の追撃から逃れるのに疲れて、いつの間にか眠ってしまっていたらしい。
辺りが暗い所を見ると、まだここは外のようだ。
サラ君が吾輩のそばに座って、吾輩の背中を撫でていた。
「あら、起きちゃった?」
吾輩の瞳は夜光るから、目を開けるとすぐにわかるのである。
「星が綺麗ね…」
あたりはすっかり夜になっていた。
サラ君は、吾輩を抱き上げて膝の上に乗せ、星空を見上げる。
たしかに満天の星空だ。
漆黒の天蓋を飾り立てるがごとく、星達が神秘的な光をたたえている。
サラ君は星には何かしら思い入れがあるらしい。
やはり所属している宿の名前が『星の道標』だからだろうか。
それとも、闇夜に光る星々のあり方に、自分の理想の生き方を見出しているのだろうか。
いずれにせよ、吾輩には図りがたいことであった。
『星の道標』か…
サラ君にリック君、セアル君ハーロ君、マリス君とフィリオン君。
かれらは、その道標に従い、どこへ導かれるのであろうか?
その、行く末を…
吾輩もかれらと過ごすのは好きだし、可能な限り見守っていこう…
…そう思って、
サラ君の体温が心地よいのでもう一眠りすることにした。
猫とは気まぐれである。気まぐれだから猫なのである。
今宵はいい夢が見られそうだ。明日は何をしようか…
あとがき
というわけで「ヤドネコ。」の作者の班地 殴です。読んでくれてありがとう!
この話は本編17話になっているjimさん作のシナリオ『冒険者の宿で』のリプレイを、猫である吾輩の視点から描いたものとなっています。
ちなみにタイトルが『冒険者の宿で・吾輩編』。『星の道標の猫』は企画名です。
17話が三章に分けられているので、その四章目にあたるという意味も込めて「17.4話」と銘打ちました。いかがでしたでしょうか。
私は猫になりきってサラたち星の道標のメンバーと一緒に過ごした気になって、とても楽しく書けました。
マリスさんがやたらと元気なのは14話でのやりとりから発想を得ています。
大人しい顔して時々妙に過激だ!
続いて、わかりにくいであろう箇所について解説をしていきたいと思います。
・「まんどらご…」
『冒険者の宿で』で料理を作ったことがある人なら一度は目にしたことがあるのではないでしょうか。
失敗料理です。ある意味成功していますけど。人造生命体?!
作中に登場するのはリックの失敗作。
・「猫の足はあれども無きがごとし。~」
これはヤドネコ。の元ネタになった『吾輩は猫である』の一節をそのまま引用しています。
意味は著者にもさっぱりわかりません。
・「ぬすっとう!」
これも『吾輩は猫である』から。マリスさんは普段は多分こんなこと言いません。
余談ですがマリスさんはパーティで一番吾輩との相性(適正)がいいはず(精神・平和)
最後に、ネタを下さった環菜さんありがとうございました!
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